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ロンドンで働いてみた

Cambridge MBAを2010年夏に終了後、そのままロンドンで仕事してみています。 ここでの体験を日本で役立てられるよう、日々勉強しています。
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11.22.19:44

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  • 11/22/19:44

01.07.07:26

2011はじめ


2011年も明けてしまいました。いやはや。

去年の今頃書いた記事を思い起こすと、なかなか恥ずかしかったりするのだけど、目標は「とがる」だった。


では本当に1年間、とがれたか?
 
 
1)    たしかに、自分でも驚くほど、色んな人に無理矢理会いに行ったりして、2009年と比べて自分の世界は大きく変わった。
2)    自分の日本の会社からも、一部で「やりすぎ、もうちょっと大人しくしてなさい」とのありがたい指令を受けるほどになり、それなりには頑張れたのか?と思う。
3)    ただ、それはあくまで今までの自分や自分の会社から見た評価であり、世間一般的にどこまで殻を破れたかというと疑問。年末にとある人からも「君は優等生タイプだねー」と真顔で言われ、正直落ち込む。
4)    結局、俺自身はそこまで変わってないんじゃないのか?というのが1年間の感想。もしかするとそれは、前回エントリでも書いた、自分のアイデンティティを疑うところまで思考が及んでいなかったからなのかもしれない。

 
というわけでもうちょっと頑張ってみたいのだが、もう一回チャレンジするならやり方を変えてみよう。

とても好きなブログにこんな記事がある。


この中の「3. 付き合う人を変える」というのを実践する意味で、働く先をこの1月から変えた。9月からいたイギリス系建設会社も結局伝統的な大企業だったのだけど、今度入ったのはこの前できたばかりの、どベンチャー企業。しかもモバイル&ソーシャル系。重厚長大で来た今までのキャリアとは真反対にいる。
 
そんな未経験でわけも分からない俺が、けっこう責任重大な役をやることになってしまい、いきなり追いつめられたりしている。これはやばい。相当やばい。

日本に帰るまであと8カ月程度、この会社で何がどこまでできるか全く見えないけど、「君は優等生タイプだねー」と言ってくれた社長からなるべくたくさんのことを学べるよう、とにかく一生懸命やろうと思う。




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07.22.08:51

IKIOI

最近色々書けてないが、実はとても調子がいい。


今までたまっててたまっててしょうがなかったことが、堰を切って流れ出している。MBAの次のフェーズへ、やっと全てが動き出している感じ。


物事がしこっている時、客がノって来ない時、思い出す言葉は「勢い」だと、昔の友人が言っていた。その時はそいつも俺も20歳そこそこで、慎重派な俺は「ヲイヲイお前はそんなだから警察に・・」とか思っていたが、10年経ってなんとなく、勢いの素晴らしさが分かってくる。

2度目の学生生活もあとちょっと。今回、自分の何が成長できたかまだ整理して語れないが、一言で言うと、「やっちゃえよ。何?ビビってんの?」と自分を押し出す力が上がったこと。

広がった世界とチャンスは、極力拾わなきゃもったいないだろと今は思う。世界を広げてくれた今回の留学にはとても感謝している。



とはいえ、これからが勝負なので、がんばります。


07.14.18:09

ウガンダでチャリティーを

しばらくご無沙汰してましたが、2週間弱、東アフリカはウガンダに行ってました。


最近イギリスのチャリティー団体と知り合う機会があり、ここ2カ月くらいちょっと手伝ったり
個人的に募金もしたりしていた関係で、「今度支援してる先の現地視察に行くけどどう?」と
いう話があったので、付いていって現地の色々な団体を見て歩いたもの。


一つにはアフリカ、かつサブサハラの奥地という土地に関する興味として、発展度合いはどんな
もんなのか、ひどいひどいというがどこまでひどいのかを知りたかった。もう一つの目的は、
いわゆるNPOだとかチャリティーみたいな組織ってどんな人がやってて、どんな苦労があるの
かを見たかった。そんな感じでパパっと話がまとまってしまった次第。


学校のプログラムが終わった翌日イギリスを出て、ウガンダの首都カンパラに到着。すぐに
地方の農村地域に移動したのだが、いやー、カンパラもどうして。これはなかなかすごい町だ。
とにかく道路、水道をはじめ、インフラというインフラは全てダメ。三菱パジェロで移動して
いたが、とにかく首都なのに道路がすごすぎて、パジェロの性能を余すことなく堪能できた。


そこから地方に移動して、村での農業近代化、識字率向上、孤児院、エイズ蔓延防止など
諸々のプロジェクト・団体を見て回ったが、こりゃー大変だと思うと同時に、MBAでの学び
の締めくくりとしても意義深いものとなった。まとめると以下5点。長くてすいません。




1.アフリカの農村はやっぱりすごい。でもこれから。
これは正直想像以上だった。気候がいいので飢餓状態ではないのだが、水まわり、家の
構造(ほとんどの家は泥で固めた壁か、スカスカのレンガ作り)はじめ、衛生状態は極めて
悪い。マラリアが蔓延してるのだが、蚊から身を守るための蚊帳もけっこうない。

ショックだったのはHIV感染率の高さで、ある村の女性20人くらいと話をする機会があったが、
1人が「私最近調べたら実はHIVで・・」と語り始めたらみんながワラワラと手を挙げ出し、
感染率5割以上ということが分かった。

また、ほとんど全員がある程度の英語はできる(これは日本人としては危機感を持ったが・・)
一方、特に中高年者の識字率が低く、情報伝達や経済成長を阻害している。

逆に言うと、教育やインフラ整備を手始めにやることは無限にあり、英語ができることも含め、
アフリカの可能性は極めて高い。現在アフリカ大陸全体でのGDPは約1.6兆ドルとブラジルや
ロシア一国のGDPと同じであり、まだまだ。でも、農業ひとつとっても、全世界の未開拓耕地
の60%がアフリカにある等、単に手をつけられてないだけとも言える。やはり要チェック。

ついでに言うと、「俺たちアフリカは・・」というアフリカ人論をよく聞いた。アフリカには
53カ国もあってもちろんひとつではないのだが、今までの歴史が失敗だった、でもこれからは
違う、という危機意識は共通してあるようだ。衰退する日本と互恵関係を作る余地は大きいと
も思う。

(ちなみに: W杯準々決勝、アフリカで唯一残っていたガーナとウルグアイの試合は、アフリカ
全土で注目されていたが、最後延長で、絶好の機会で得たPKを外した時、これまたアフリカ
全土が落胆した。俺の横に座っていたウガンダ人は「な、これがアフリカだ。俺たちはチャンス
があっても外す」とつぶやいていた)



2.チャリティーのマネジメントはビジネスよりはるかに難しい。
チャリティーとは本質的に無償で与える行為であり、貨幣を通じてお互いの利害を50:50に
調整するビジネスとは、そもそもインセンティブの構造が異なる。これは、ほっとくと、
あっという間に支援を与える側と受ける側に依存関係を生みだす。そして依存関係は健全な
成長を阻害する。

今回行った先でも、「これをやりたいからイギリスからこれだけ金をくれ」というかなり直接的
な要求をしてくる団体もあった。しかも、そこでやりたいという内容は、明らかに団体の当初の
方針や身の丈を超えているもの。

「もらう」という行為から始まった組織が軌道に乗った時、自律的な成長路線に切り替えられる
か、切り替えさせることができるか、ここは非常に難しいと思った。



3.それでもビジネスと共通する課題はある。
とは言いつつビジネスでの考え方が通用する部分は多い。

例えば、上に書いた団体は、もともと孤児院として始まった組織だったが、ウガンダの地域
振興のためと称して、農業近代化活動、起業家育成と手を広げていた。ただ、そこには、
それらに必要なエキスパタイズを自分達は持っているか?という自問が欠けている。

自分の能力を超えたことをやれば自然とコストは上がり、そもそも金がないチャリティー団体
は自滅する。要はビジネスで言う選択と集中とかはチャリティーでも重要だし、他にも使える
ビジネス知識は多い。



4.ディスクロージャーはビジネスのそれよりはるかに大事。
当然だが、支援を受けているからには、健全な予算管理と投資家への収支開示、活動報告
は極めて重要。ここができてない団体も多いが、これはむしろ支援する側が積極的に求めて
いかねばならない。

その意味で、チャリティー団体はいい人の集まりでは運営できず、時には毅然とした対応
ができる人間が必要。



5.なにより明るさが大事。
印象的だったのは、農村でどんなしんどい暮らしをしていても、みんな明るく素直ということ。
宗教(キリスト教が主)も人々の生活に密着していて、全ての行為に対して神への感謝が捧げ
られる。

HIVでも、それが元で家から追い出されても(そういう夫が多いらしい)、それでも神への感謝
の歌を歌いながら働く、という姿勢から学ぶところは多かった。

奥深い農村では、外の世界の情報を得ることが全くできず、何か始めたくても元手がないのが
通常だが、村で貯金箱(当然、木製)を一つ作って、そこからコミュニティー向けに金を貸す
(金利50%とかで)ような原始銀行みたいな試みも行われており、なんというか、人間の知恵
と努力に感動してしまった。

ものすごく月並みではあるが、俺なんか悩んでる場合じゃないぜと思って帰ってきた。



追記. 帰ってきた直後に首都カンパラで爆破テロがあり、70人以上の方が亡くなった。
ウガンダは近年、治安的には不安要素が少なかっただけに衝撃的で、現地の友人達も
驚いていた。こういうのがあの大陸への投資を阻害しており、無念でならない。


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都会の風景。


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ばあさんが一人でやってる孤児院。


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雨どいからの水を貯めるタンク。飲料用。


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村長と奥さん。
 



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05.20.09:32

MBAを振り返る第一弾、鼻っ柱折られる経験

イギリス渡航後258日目、今日でMBAプログラム開始からちょうど8ヶ月が経つ。
 

思えば、始まる前から言われてはいたけど、1年制のMBAプログラムは本当に
あっという間だ。ここでの生活にも慣れ、友人との交流もようやく深くなって
きた頃に、もう終わりが見えてくる。
 

実際、正式な授業はもう来週、再来週、再々週の3週間で終了予定。その後は
2週間の短期プロジェクトと、最大2ヶ月間のサマーアクティビティが控えては
いるが、その間、同級生全体と会うチャンスはもう無い。
 

そんな感傷的なシーズンでもあるが、惜別の気持ちというのは思い出や経験を
反芻するには絶好の薬だ。きっとこれからの2ヶ月くらいは、この1年弱が
自分にとってなんだったのかを振り返りながら暮らすのだろう。
 



留学って何だったのかと言うと、色々あるのだが、第一に思い浮かぶのはやはり
思いっきり鼻っ柱を折られたということ。
 

あふれかえる多国籍同級生の中で、自分はもう、しびれるくらいダメだった。

なんか俺、中東とかで何やってたんだろうと思い、日々ため息をつき、所詮
自分は会社の看板と業界英語の中で生きてたんだなということを認識させられた。
 

今までだったらそこで「よしこいつらに負けないようにするにはこことここを
伸ばして」とかなったのかもしれないが、自分でも新鮮だったのは、「もう、
あんま武器が無いのはしょうがないな、でもこの武器でもある程度戦うには
どういうポジションを占めたらいいだろう」と認識を切り替えてしまったこと。
 

別に常にまとまった意見を述べる必要も無いし、常にリーダー的ポジションに
いなければいけないわけではない。むしろ時には偏ったことを言ってみたり、
敢えて足りないところをさらけ出して助けてもらうことだって必要だ。

所詮自分にはリーダー的な器はないと思う。能力的にも性格的にも、問題
アリアリ。だからこそ、早めに自分の限界を確認した上で、自分の能力を
最大限生かしてくれるような仲間と付き合うべき。

その上で、チームに埋没しない為には、自分にとって譲れない価値観を
コアとして持ち、最低限そのコアを主張することができる程度にはチームに
貢献するべく頑張ることだと思う。

これを理解し、この環境で実践できただけでも、留学の意義は個人としては
十分あったと思う。


ただ、会社から来ている以上、個人もそうなんだけど、本来は会社にとっての
意義こそ重要で、そこはこれからよくよく振り返らなければいけない。ちょっと
長くなってきたので続きはまた。


 

04.25.07:31

空手チョップと私

 今日はまるで夏のような陽気で、Parker's Pieceというカレッジの目の前の
公園も人であふれていた。それはいいんだが。。
 
 
夕方。うーん、なんでこうなっちゃうんだろう。
 
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イギリスは環境先進国なんて言われてるが、ゴミをそのへんに捨てない、とか、
そういう普通の人の感覚に関しては、正直、疑問なところが多い。片づけてる
横で余裕で追加ゴミを捨ててくお子さんとその親を見てると、チョップくらいだったら
許されるかな、とか本気で思ってしまう。
 
 
MBAでさんざんクリーンテックとか騒がれてもどこかで承服できないのは、まさ
にその同じセミナーとかで、普通に飲みかけのコーヒーカップを机に置いてく奴
がけっこういるから。そういう子に環境問題がリードできるわけないし、リード
してほしくない。
 
 
もちろん新エネルギーとか排出権規制とかシステム的なものも色々あるんだが、
基本的には、生活スタイルをかなり変えない限り、環境問題は解決しないはず。
 
 
例えばハイブリッド車や電気自動車の安全性がガソリン車より劣るのも、それを
前提にそっちの運転スタイルに変えていってくださいということ。
 
 
ほんとはこのままみんな楽しく暮らして勢いよくゴミを捨てて、でも地球的には
オッケーラインで留まる、というのが理想なんだけど、多分それは難しい。そこを
なんとかいい感じの商売に仕立てるのが仕事ではあるのだけど。
 
 
そうこうしているうちにもうケンブリッジ生活もあと2,3カ月。ケンブリッジに
いればもっといいアイディア出ると思ったんだけど、なかなかどうして。せめて
この街に何か残せるといいんだが。