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ロンドンで働いてみた

Cambridge MBAを2010年夏に終了後、そのままロンドンで仕事してみています。 ここでの体験を日本で役立てられるよう、日々勉強しています。
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09.20.02:05

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  • 09/20/02:05

03.05.03:19

授業「Topics in Financial History」とユーロ問題

19世紀後半からの金融の歴史を振り返る授業。アメリカ史に寄りすぎなところもあるし、
宿題も相当多いのだけど、中身は濃く、ケンブリッジに来てから受けた授業の中でも
かなり秀逸。

最終回の授業では、世界恐慌後からブレトンウッズ体制崩壊に至る過程までをカバーする
中で、国際金融のTrilemma(3つの問題間での板ばさみ)に関して学ぶ。

1.固定為替相場
2.独立した金融政策
3.資本移動の自由

の3つの政策は同時には実現できないという内容。

例えば現在の日本みたいな社会で言えば、2と3はできているけど1は放棄しており、現代も
途上国では多いドルペッグ下では、1と2をとる代わりに資本の流出入に国の制限をかけたり
して3を諦めているなど。

その意味で言えば、ユーロというシステムは、対ドルとか対円とかでは変動だけど、違う国
同士が通貨を固定しているという意味で1をとっており、その分2を諦めていることになる
(圏内の全ての国の金融政策は欧州中央銀行に引っ張られる)。


ここから先はこの授業の為に書いたレポートのコピペに近いのだけど、固定相場というのは
けっこう管理が難しく、例えばイギリスがユーロに入れなかったきっかけは92年に起きた
ポンド危機という出来事である。

イギリスは他の欧州諸国から遅れ、90年になってやっと通貨統合に参加する腹を決めた
のだが、その際にかなりの経常収支赤字があったにもかかわらず、固定為替レートを
割高に決めてしまい、後になって投機家から激しくポンドの売りを食らって買い支えが
できなくなり、あえなく統合通貨から撤退せざるを得なくなった。

97年のアジア通貨危機も、発端は、ドルペッグにしていたせいで割高になっていた東南アジア
通貨が大量に売られまくったこと。タイ、インドネシアなどの政府は固定相場を維持できなく
なり、為替が暴落し、当時膨れ上がっていた外貨建て債務が償還できなくなり、インドネシア
の場合は政変にまで発展してしまった。


で、現在のギリシア財政危機、ユーロ暴落問題なんだけど、もとはといえば、経済的・政治
的格差がある国までひっくるめてユーロにしてしまったツケがいま来ているのが実態。

特にギリシアの場合は、本来、欧州中央銀行の基準にあわせて財政・金融政策を制限しな
ければいけないのに(Trilemmaで言えば、2を諦めなければいけない)、実態は基準違反を
しながら、粉飾まがいの為替スワップでこれをごまかしていたというタチの悪さ。

この粉飾にゴールドマンサックスがアドバイスを行っていたということで、アメリカでも大問題
になってるようだが、この問題の動きを追っていると、ヨーロッパの問題がよく見える。最近の
ニュースは、5年もすれば、MBAでのいいケーススタディになるだろう。そもそも「ヨーロッパ」
なんてひとつの地域みたいな呼び方をすることにかなり違和感を感じだしたが、もうちょっと
掘り下げてみたいので、また続き書きます。
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