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ロンドンで働いてみた

Cambridge MBAを2010年夏に終了後、そのままロンドンで仕事してみています。 ここでの体験を日本で役立てられるよう、日々勉強しています。
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09.20.01:56

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  • 09/20/01:56

01.08.06:31

カレッヂ生活

職業柄、通訳・翻訳は日本の取引先相手によくしてたのだが、今回イギリスに来て初めて日本語の英訳をする機会があった。ただし題材はこれ。
7d8ff427.jpg




http://image.blog.livedoor.jp/akechi_mitsuhide/imgs/7/d/7d8ff427.jpg
「明智左馬之助湖水渡之図」という。
 
現在自分は、ケンブリッジ大学に全部で31あるカレッジのひとつ、Hughes Hallというところに寝泊まりしている。
 
このカレッジは1885年に創設された、ケンブリッジの中では比較的新しいカレッジで、当初は女性のみを受け入れるカレッジだったという。その創設メンバーのHughes女史は、19世紀末のイギリスで巻き起こった女性への教育解放運動の先駆者で、カレッジ設立後、今度は世界各国を訪れ、気合の入った外国人学生をHughes Hallに招く運動を展開したという。
history2.jpg
 







(↑ Hughesおばさん、若い頃の写真しか残ってないのはさすが)

その中で、同女史は特に日本に長く滞在し、1900年当時の日本財界にも顔が利いたそうなのだが、その流れで美術品をいくつか持ち帰り、その一部はHughes家で保管していたらしい。
 
今回それが改めてカレッジに寄贈されることになったはいいが、果たしてこれは何の絵なのか、Hughes家でももうあんまり分かっておらず、ところどころに書いてあるChinese letterは何を意味しているのか、お前分かるか、というのが今回の趣旨。
 
正直、書いてあるのは漢文調で、おいおいそんなん分かるか、と思ったのだが、GoogleとWikipediaを駆使しまくり、なんとか趣旨は解読。ついでながら、絵(版画だったけど)自体も、明智光秀が秀吉に敗れた際の明智家没落のワンシーンだったらしく、さも知ってたかのようにWikipediaの英訳をおまけで付けて、作業完了。しかし、漢和辞典ってオンラインでは無いのね。
 
作業自体は誉められたものではなかったが、日本語Googleを叩きながら聞いたカレッジ初期の逸話はそれなりに奥深く、歴史があるというのはそれだけですげえなあと思っていた。
 
考えてみれば1900年というと、日英同盟ができ、日露戦争に突入し、イギリス製の軍艦でロシアに勝ってしまって一躍世界から日本が注目された頃か。そこから100年も経って、まさかオレとGoogleに訳されるとは思ってなかっただろうが、とにかくジャパニーズ戦国武将の名が末長くケンブリッジに残ってくれればと願う。
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